昇給しないのは、あなたのせいじゃない——給料の上がり方が決まる順番

四月の給与明細を開いて、去年とほとんど変わらない基本給を見たとき。あるいは、悪くない評価をもらったはずなのに、昇給額が数千円だったとき。多くの人が同じことを考えます。「自分の頑張りが足りなかったのだろうか」と。

先に結論を書きます。昇給額は、本人の働きぶりだけでは決まりません。予算、賃金制度、給与レンジ、昇格条件といった、個人の努力では直接動かせない要因が効いていることがあります。もちろん評価そのものが理由であることもありますが、原因がどこにあるかを取り違えたままだと、打つ手を間違えます。評価を上げようと必死になっても、そもそも評価が昇給に効きにくい位置にいるなら、思ったほど動きません。

この記事では、給料の上がり方を左右する代表的な制約を順に説明し、そのうえで、あなたが今日から確認できること・打てる手を優先順位をつけて書きます。(転職するかどうかを迷っている段階の方は、入社1〜3年目で転職を考え始めたら最初に整理すべきこと も合わせてどうぞ。)

まず、用語を三つだけ整理させてください

話が噛み合わなくなる原因が、言葉の混同にあります。ここだけは先に片づけます。

定期昇給(定昇)は、その会社の賃金の仕組みにしたがって、年次や評価に応じて個人の給与が上がることを指します。給与表の号俸が一つ上がる、といった動き方をする会社もあれば、そもそも定期昇給という仕組みを持たない会社もあります。

ベースアップ(ベア)は、個人の定期昇給とは別に、基本給の水準や賃金表そのものを引き上げることです。対象になる人の範囲や引き上げ方(一律の額なのか、率なのか、層別なのか)は会社によって異なります。いずれにせよ、個人の評価とは別の次元で決まる話です。

賞与(ボーナス)は、多くの場合そのときの業績や評価で決まる一時金で、基本給とは別に計算されます。賞与が増えても基本給が動いていなければ、翌年以降の積み上げにはなりません。

ニュースで賃上げ率が報じられる時期がありますが、あの種の数値は集計の対象や方法が限られていることが多く、自分の会社に同じ率が及ぶとは限りません。自分の明細で動いたのがどれなのかを見るほうが、はるかに確かです。基本給が動いたのか、手当が動いたのか、賞与だけだったのか。ここが分かるだけで、以下の話の当てはまり方が変わります。

あなたの評価より先に、予算の上限が決まる会社もある

ここからが本題です。まず断っておくと、これから書くのは、昇給の決まり方として実際に見られる一つのパターンです。すべての会社がこの順番で決めているわけではありません。賃金表と号俸から個人の昇給額を先に算定する会社もあれば、労使交渉で改定率や原資を決める会社、年俸を個別に交渉する会社、そもそも部門ごとの原資配分をしない会社もあります。

ただ、個人評価とは別に、会社や部門の予算が昇給額の上限として働く会社があります。その場合、順番はこうなります。

第一に、その年に人件費をどれだけ増やせるかが決まります。業績の見通し、来期の採用計画、社会保険料など人件費に連動する費用の増加分。これらを踏まえて、「今年の昇給に配れる総額」が先に置かれます。個人の評価が集計されるより前の話です。

第二に、その総額が部門に割り振られます。全社の枠を、人数や事業の状況に応じて分ける段階です。

第三に、そこではじめて個人の評価が乗ります。決まった枠の中で、誰にどれだけ配るかという配分です。

こういう仕組みの会社にいる場合、意味することははっきりしています。総額が先に決まっているなら、個人の昇給は「全体をどう割るか」の話になります。部門の全員が前年より頑張ったとしても、配れる総額が変わらなければ、一人あたりの額は増えません。逆に、あなたの働きぶりがまったく同じでも、その年の総額が大きければ昇給額は増えます。

「頑張った分だけ上がるはずだ」という前提が崩れるのは、ここです。あなたの努力が評価されなかったのではなく、努力を金額に変換する枠のほうが先に閉じていた、ということが起こりえます。自社がこの型なのかどうかは、後半の「手1」で確認する方法を書きます。

評価は、上司が決めて終わりではない

もうひとつ、当事者からは見えにくい段階があります。上司がつけた評価が、そのまま確定するとは限らないことです。

会社によっては、評価者どうしで評価をすり合わせる場があります。呼び方は会社によってさまざまで、評価調整会議、キャリブレーション、甘辛調整などと言われます。目的は、評価者による厳しさ・甘さのばらつきをならすことです。同じ働きぶりでも上司によって評価が変わってしまうのは不公平なので、これ自体には合理性があります。

問題は、この調整に評価の分布のめやすが持ち込まれる場合があることです。最上位の評価は全体の何割まで、といったガイドラインを置いている会社があります。厳密な人数枠として運用するところもあれば、あくまで目安として扱うところもあり、そもそも分布のめやすを置かない会社もあります。ここは制度によってかなり違います。

ただ、めやすが厳しく効いている場合には、こういうことが起きます。上司が「この人は最上位だ」と考えて出した評価が、部門全体のバランスをとる過程で一段下がって戻ってくる。働きぶりが否定されたわけではなく、同じ部門に同じくらいの評価を出された人が他にもいて、枠に収まらなかった、というだけのことです。

そして厄介なのは、この経緯が本人に伝わるとは限らないことです。調整の過程や一次評価を本人に開示しない会社では、届くのは調整後の結果だけになります。その場合、評価がどの段階で、なぜ変わったのかを本人が知ることは困難です。調整過程が開示されなければ、結果は個人の能力への評価としてだけ本人に届きます。ここが、この構造のいちばん残酷なところだと思っています。

念のため書き添えると、これは「評価がいい加減だ」という話ではありませんし、すべての会社がこう運用しているわけでもありません。ただ、あなたの評価が上司との一対一の関係だけで決まっているとは限らない——それだけは知っておいて損がありません。

評価が良くても昇給しない、二つの位置

ここまでは原資と分布の話でした。もう一段、見落とされやすい構造があります。評価が良くても昇給に反映されない位置がある、という話です。

ひとつ目は、給与レンジの上限に当たっている場合。等級(グレード・職能資格などと呼ばれます)ごとに給与の幅をあらかじめ決めている会社では、同じ等級にいる限り、その幅の中でしか動けません。上限に近づくほど昇給の幅は小さくなり、上限に達すると、評価が良くても基本給は動かなくなる、という運用をする会社があります。

これに当たっている人は、体感としてこう感じます。「若いころは毎年それなりに上がったのに、ここ数年ほとんど動かない」。真面目に働いているのに止まるので、自分の失速のように思えますが、実際には等級の箱の端に着いただけということがあります。

ふたつ目は、等級が上がっていない場合。上の構造の裏返しですが、給与が大きく動くのは、レンジの中の移動ではなく、箱そのものが変わるとき、つまり昇格したときであることが多い。そして昇格の判断は、その年の評価点だけで決まるとは限りません。上位等級で求められる役割や能力、在級期間、昇格審査などが条件になることがあります。管理職など特定のポストと等級が連動している会社では、組織上のポストの有無が影響する場合もあります。評価を毎年きちんと積んでいるのに給与の伸びが鈍いなら、評価点だけでなく、等級が動いていない可能性も確認する必要があります。

この二つが分かると、打つ手が変わります。レンジ上限に近い場合、同じ等級の中で基本給を上げるという意味では、評価をさらに上げる効果は小さくなることがあります。等級が動いていないなら、見るべきは評価基準ではなく昇格の要件です。

ただし、ここは早合点しないでください。同じ等級内の基本給が動かなくても、評価が昇格審査、賞与や一時金、役割手当、特別昇給、重要な仕事への登用に影響する制度もあります。だから「頑張っても意味がない」とまではいえません。自分の評価が何に効く制度なのかを確認したうえで、重点を昇格要件や役割の変更に移す——というのが現実的な判断です。

では、あなたに何ができるか

構造の話は以上です。ここからは、その構造の中で実際に取れる手を、負担の軽い順に書きます。

手1:自社の賃金規程と等級制度を、実際に読む(今週できる)

いちばん効くのに、いちばんやられていないのがこれです。

常時10人以上の労働者を使用する事業場では、労働基準法上、就業規則を作成し、そこに「昇給に関する事項」を記載する必要があります(労働基準法89条)。そして作成された就業規則は、労働者が確認できるよう周知しなければならないとされています(同106条)。つまり多くの職場では、昇給がどう決まるかを書いた文書を自分で読める状態にあるはずです。賃金規程が就業規則とは別冊になっている会社も多いので、社内ポータル、共有フォルダ、備え付けのファイル、あるいは人事や総務の窓口に確認してみてください。条文そのものはe-Gov法令検索の労働基準法で、就業規則にどんな条項が置かれるものなのかは厚生労働省のモデル就業規則で確認できます。

ただし、法律が求めているのは昇給に関する定めを置いて周知することであって、給与レンジや評価の配分、詳細な昇格要件まで公開することではありません。賃金規程や等級制度が別に定められている場合は、そちらも探してみてください。

もう一つ注意を。定められているのは「記載し、周知すること」であって、「毎年必ず昇給させなければならない」という意味ではありません。規程が「会社の業績や勤務成績を勘案し、昇給を行うことがある」といった内容なら、その記載だけから毎年の昇給が保証されているとはいえません。個別の規程や労働契約の解釈に疑問がある場合は、社内の相談窓口や労働局などに確認してください。読む目的は権利を主張することではなく、自分がどのルールの中にいるかを特定することです。

書かれている範囲で、次の四点を探します。すべてが就業規則や賃金規程に載っているとは限りません。見つからない項目は、上司や人事に確認する質問として控えておきましょう。

規程で確認できなかった場合は、「次回の昇給判断はいつか」「今回の昇給額が決まった主な理由は何か」「自分は今どの等級で、次の等級に上がる条件は何か」「給与レンジは社内で確認できるか」の順に聞くと、話を具体化しやすくなります。

手2:自分が「どの箱のどこ」にいるかを確認する

手1で制度の形が分かったら、自分の位置を当てはめます。自分の等級と、その等級のレンジの下限・上限。今の基本給がその中のどのあたりか。

レンジが公開されていない会社もありますが、その場合でも上司や人事に「自分の等級で、給与はどのくらいの幅の中で動くものなのか」と聞くことはできます。聞きにくければ、「今後のキャリアを考えるうえで、自分の等級の位置づけを理解しておきたい」という形で切り出せば角が立ちません。

ここで上限付近にいると分かったなら、同じ等級の中で基本給を上げるという目的においては、評価をあと一段上げる努力の投資対効果は下がると考えられます。ただし前述のとおり、評価が昇格審査や賞与、手当に効く制度もあります。自分の評価が何に反映されるのかを一緒に確認したうえで、重点を次に移してください。

手3:見るべきは「評価基準」ではなく「昇格要件」

基本給の箱そのものを動かしたいなら、狙うのは評価点ではなく等級です。昇格要件には、現在の仕事の達成度だけでなく、上位等級で求められる役割や能力、資格、在級期間、昇格審査などが含まれることがあります。「一段上の役割をすでに部分的に担っていること」を求める会社もあれば、試験や資格が中心の会社もあります。まずは自社の要件がどう書かれているかを確認してください。

要件が分かったら、そこに書かれている経験を、実際に取れる場所を作るという話になります。ただし、ここで気をつけてほしいことがあります。手が挙がっていない仕事をとりあえず引き受ける、というやり方だと、昇格との関係が確認できないまま仕事だけが増えかねません。おすすめは、「この役割を担えば昇格判断の材料になりますか」と上司に事前にすり合わせること。そのうえで、合意した役割、期限、期待される成果を目標設定に残してから引き受ける。異動や社内公募が要件を満たす近道になることもあります。

手4:評価会議で使える材料を、上司に渡しておく

前半で書いたとおり、あなたの評価は、上司が他の評価者に対して説明する場を経ることがあります。ということは、上司が説明しやすい材料を持っているかどうかが、結果に効きうるということです。

現実的な打ち手は二つです。ひとつは、期のはじめの目標設定の時点で、達成したかどうかが後から誰にでも判定できる形にしておくこと。抽象的な目標は、調整の場で弱くなります。もうひとつは、期末にまとめて思い出させるのではなく、折々に「何をどう進めて、どうなったか」を短く共有しておくこと。評価の場で語られるのは、記録に残っている事実のほうです。

これは上司に取り入る話ではありません。あなたの仕事を、制度が扱える形に翻訳しておく、という実務です。

手5:社内の天井が構造的なら、外の物差しを当ててみる

そのうえで、手1〜手3で「現在の等級では基本給が上限に近い」「昇格要件を満たす機会や、役割変更の見込みが当面ない」と分かることがあります。この場合、社内で打てる手は実質的に限られます。

このときにやる価値があるのが、社外の物差しで自分を測ってみることです。社内の等級と市場での評価は、そもそも別のルールで動いています。社内で頭打ちだからといって、市場でも頭打ちとは限りません。逆に、測ってみたら社内のほうが恵まれていた、と分かることもあります。どちらに転んでも、「このままでいいのか」という漠然とした不安が、判断できる材料に変わります。

比較するときは、提示年収の額面だけを見ないでください。固定残業代が何時間分含まれているか、賞与がどう算定されるか、労働時間、勤務地、退職金や福利厚生。ここまで含めないと有利不利は判断できません。とくに求人票の年収上限だけを今の年収と並べても、意味のある比較にはなりません。測り方そのものは 自分の市場価値、正しく測れていますか——採用する側が使う3つのモノサシ に手順を書いたので、そちらを見てください。求人票を並べるところまでは、登録も面談も要りません。

なお、調べる段階で会社に知られるのが怖いという方は、在職中の転職活動が会社にバレる瞬間 に、実際に漏れる経路と今日ふさげる対策をまとめてあります。先に読んでおくと落ち着いて動けます。

求人票を眺めるだけでは足りない、社外の人と話しながら整理したい、という段階になったら、キャリア相談のサービスを使うという選択肢もあります。以下は広告を含む紹介です。選択肢の一つとして挙げるもので、利用をおすすめするものではありません。

キャリナビ転職(運営:株式会社夢キャリ)は、90日間・3か月の伴走型キャリアコーチングとして案内されているサービスです。公式サイトでは、求人を紹介して終わりにするのではなく、自己理解とキャリアの整理から、担当者による求人の提案、入社後の定着までを3か月かけて伴走するプログラムだと説明されています。求人の提案・紹介もサービスに含まれており、運営会社は人材紹介業を事業として掲げ、有料職業紹介事業の許可を受けた事業者です。利用者の費用は無料で、追加料金やオプション課金もないとされています。案内は20〜30代を対象としたサービスという書き方なので、自分が対象に含まれるかは申込前に公式サイトで確認してください。利用者の職種は営業・事務・IT・販売・看護師・公務員など横断的で、特定業種に限定されてはいません。入口はLINEの友だち追加で、日程調整と事前ヒアリングを経て、オンライン30分の無料相談に進む流れです。

それでも分からないことを先に書いておきます。求人の提案を受けられても、転職や年収アップが保証されるわけではありません。そして、面談を受けてもあなたの会社の等級やレンジ、原資の問題は一ミリも動きません。社内の停滞を解くのは、あくまで手1〜手4です。

そのうえで、「転職するつもりはまだない、考えを整理したいだけ」という使い方が可能かどうかは、最初の面談で率直に伝えて確認してください。あわせて、個人情報の利用目的と共有先も申込前に一度目を通しておくと安心です。

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このリンクから申し込みがあった場合、当サイトに広告費が入ります。そのうえで、何をするサービスなのかと、使っても分からないことの両方を上に書きました。判断はご自身でどうぞ。

それでも、慰めで終わらせないために

最後に、いちばん誤解されたくないことを書きます。

「あなたのせいじゃない」は、「何もしなくていい」という意味ではありません。原資の総額、分布のめやす、レンジの上限、昇格要件。これらはあなたの努力の外側にありますが、外側にあると特定できたなら、そこに時間を使うのをやめられます。それが、この記事でいちばん持ち帰ってほしいことです。

昇給しない理由を「自分の頑張りが足りないから」だけで片づけている限り、打つ手は「もっと頑張る」しかありません。そして、レンジの上限に張り付いている人が同じ等級のまま頑張っても、基本給の欄はなかなか動きません。数年それを繰り返して、静かに擦り切れていく人を見てきました。

まず、自社の賃金規程と等級制度を確認してください。次に、自分の等級、昇格要件、次回の見直し時期を上司や人事に聞く。規程を読んだだけで原因を断定できることは少ないので、確認できなかったことは、次の評価面談で「今回の評価の理由」「昇格要件」「給与レンジ」「次の見直し時期」の順に質問に変えてください。社内で基本給や役割が動く見込みがないと分かったとき、初めて社外との比較が具体的な選択肢になります。

まず今週やることは、社内ポータルで「就業規則」「賃金規程」「等級制度」「昇格基準」を検索してみること。明細の数字だけを、自分の能力への評価として受け取る必要はありません。どの制度がその数字を作ったのかを確かめるところから始めてください。

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